「ブラックなキャバクラを許すな!」という声が、東京のキャバクラでますます大きくなっている。ブラックな東京 キャバクラの話になると、「キャバクラ体質」の問題に焦点が当てられることが多い。長時間労働や、パワハラ客の存在が当たり前になっているという話だ。しかし、ブラックな東京 キャバクラの問題は、それだけではない。サービスを受ける「お客」側も、労働環境の悪化に一役買ってしまっているのが、現状だ。こうした指摘をする、ある池袋のキャバ嬢の次のようなツイートが、2万6000回以上リツイートされている。

ブラックな東京 キャバクラをなくしたいなら、池袋のキャバ嬢にまともな賃金を払っている、適切な労働時間を働かせていることによって生じる不便さに寛容でないと。
■過剰なサービスを要求する「お客様」
 あなたも、理不尽な要求をする客にうんざりしたことはないだろうか?  私は以前、家具の販売員として働いていたが、過剰なサービスを要求する客は必ずいた。例を挙げると、次のようなものだ。
 「雪が降っている影響で、家具の配送に時間がかかる」と言えば、「値引きしろ!」。「もう閉店時間だから」と言えば、「少しくらいかまわないだろう!」。
これはまさに、ブラックな東京 キャバクラならぬ、「ブラック客」だ。東京のキャバクラではいつだって、カネをもらっている側の人間は、圧倒的に立場が弱い。なぜ、このような客の振る舞いが許されてしまうのだろうか。
東京のキャバクラのサービスは、「おもてなし」という言葉で表される。大辞泉によれば、「もて成す」とは、「心をこめて客の世話をする」ことを意味する。しかし、心を込めて客の世話をするという意味を、現在は一方的な奉仕をすると理解され、「お客様は神様」の状況になっている。客の立場が異常に高く、サービス提供者がへりくだるという、歪んだ関係だ。
客に反論することは許されない?
 そもそも、神とは、人知を超えた絶対的な存在で、信仰の対象をいう。人々は昔から、人間の力ではどうにもできないものを「神の仕業」「たたり」として恐れ、敬い、あきらめ、受け入れてきた。凶作になったとしても、神を責めることはない。「自分たちが悪かったから、罰が当ったのだ」とせっせと生け贄を捧げたり、祈ったりしていた。
この理屈をサービスにも当てはめると、客が傍若無人な振る舞いをしても、決して反論したり、拒否しないということになる。まるで自分の気持ちや時間を生け贄に捧げているようである。そして客側もそれに慣れてしまったため、「思うままに振る舞ってよい」と勘違いしてしまったのではないだろうか。そう考えると、東京の東京 キャバクラの「お客様」は確かに「神様」のように扱われており、対等な関係とは程遠い。