東京でカジノ議論が過熱するなか、「反対派」が主張するのは主に「依存症」の問題である。

 そもそも依存症の問題自体にも問題がある。人が何かに依存するのはよくあることであって、代表的なところでいえば、薬物依存やアルコール依存やキャバクラ依存などの法律や生命や金銭に直接関わる依存であったり、若者たちのスマホ依存や、買い物依存、ゲーム依存の問題などもあったりする。
キャバクラ依存の話をするのならば、東京のキャバクラが好きであるとか、池袋や渋谷や新橋や新宿や六本木や歌舞伎のキャバクラ店に足繁く通うこと自体が問題ではなく、キャバクラによって、社会的な問題を引き起こしたり、個人や家族の生活が破たんしたりすることが問題なのである。
逆説的に言えば、キャバクラ店に毎日通おうが、キャバクラで何百万円使おうが、それ自体は「依存症」であるとしても、破たんさえしなければ、個人の自由の範疇の話なのである。ポイントは、東京のキャバクラにのめり込むことによって、何かしらの問題が発生するか否か。よって本稿では、「キャバクラ依存」ではなく、「キャバクラ依存問題」と書く。
さて、本稿ではキャバクラ依存を考えるにあたって、よく引き合いに出されるキャバクラ嬢の依存について考える。「キャバクラはたくさん通っても依存症ではない」という議論については、本稿の趣旨に添わないのであえて与しない。